●では、

沼池
Dec 10
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 彼はひざまずき、懇願した。「きっと好きになる!すてきな食べものがあるぜ。聞いたこともないような味覚の詩。コルドン・ブルー!エスコフィエ!」まくしたてた。「組み合わせといえば、中国人は四通りの料理法を使うんだと!いや、日本人だったかな?ライストターフェル!バブル・アンド・スクィーク!ベイクト・アラスカ__ほっかほかの皮の下に、冷たぁ〜〜いアイスクリーム!」
 ブッシュベイビーがピンクの舌を鳴らした。わかっているのだろうか?
 彼は記憶をかきまわし、聞いたこともない食べ物の名を掘りおこした。
「マグエイ虫入りのチョコレート!ハギスと風笛、すみれの花の砂糖漬け、ラビット・メフィスト!樹脂ワインにひたした蛸!二十四羽のくろつぐみのパイ!若い女がとびだす特大ケーキ。母乳でゆでた赤んぼう__おっと、こいつはタブーだった。タブー食物って聞いたことないか?人肉さ!」
 こんなことをどうして知っているのだろう?おぼろげな存在が心にたゆたっている__手のあたりに、壁のうねに、遠い昔。「アマンダ」つぶやき、とめどもなくつづけた。
「肥やしのなかに長年ねかせた鵜!ラタトゥーユ!シャンパンに漬けた桃!」念じろ、と心に命じる。「純良のホワイト・ラードのころもの下に、フォアグラのパテと土の香りいっぱいのトリュフ!」貪婪に鼻をひくつかせる。「熱いバター・スコーンに苔桃の実のシロップたっぷり!」よだれが出てきた。「フィナン・ハディーのスフレ、そうだとも!薄くたたいた胎児の肉を、黒い薬草ジャムのたれでとろ火焼きに__」
 ブッシュベイビーとラグルボムは目をつむり、抱き合っている。マッスルは夢遊状態だ。
「地球を見つけろ!ツーンと甘い野苺と葡萄の葉のサンドウィッチのデヴォン・クリーム固め!」
 ブッシュベイビーはうめき、体を前後に揺すっている。
「行け!地球へ!鶏といっしょに蒸した菊ぢしゃに、微塵切りベーコン!黒いガスパーチョ!神樹の実!」
 ブッシュベイビーはさらに激しく身をゆすり、ラグルボムがその胸にしがみつく。
 地球、地球。彼は根のかぎりに念じ、叫びつづけた。「バクラヴァ!小蜘蛛の糸のパフペーストと、ピスタチオ・ナッツからしたたる山の蜂蜜!」
 ブッシュベイビーがラグルの頭をこづくと、ポッドが旋回したように思われた。
「熟したコミス梨!」つぶやく。「地球かい?」
「そうだ」荒い息をつきながらブッシュベイビーが倒れる。「ああ、いま聞いたご馳走、そいつを片っぱしから食いたいよ。降りよう!」
「深皿焼きのステーキに、牛の腎臓パイ」息をもらすように。「かたいオニオン・ダンプリングをちりばめて__」
「着地!」ラグルボムがキーキー声でいう。「食べよう、食べよう!」
 ポッドがきしった。ずしりという感触。大地。
 帰ったのだ。
「出してくれ!」
— 『苦痛志向』 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア