●では、

沼池
Mar 11
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アーウィン・ブルーメンフェルドの騙し絵的写真「鏡の中のトルソ」(1937)と、マグリットの「陵辱」(1945)が共通して「視覚的駄洒落」(女性の身体が顔に見える)という同じ主題を変奏する、その“衝撃”の質が見えない。こういう視覚的「面白さ」が、多分日本での彼らのポピュラリティにつながっているのだろうとは想像できる。しかし、ここにあるのはけして「ユーモア」ではない。むしろ肉親の顔写真に放尿するような生理的衝撃があったはずで、しかしそれが断固として行われなければいけない衝迫が、ヨーロッパにはあったのだ。この緊張が想像されえない地点においてしか、日本の「シュルレアリスム人気」は醸成されない。